大事なことなのでさんかい

"実話""キレイごと""上っ面をなでるだけの、かいなでの"

"ミルクを汚れた水で溶かして与えられていたか、薄めて飲まされ、栄養失調になったかのどちらかだという。会社側はそんな事情を承知で売り込んでいたのだ。告発"
"ミルクを汚れた水で溶かして与えられていたか、薄めて飲まされ、栄養失調になったかのどちらかだという。会社側はそんな事情を承知で売り込んでいたのだ。告発"
"ミルクを汚れた水で溶かして与えられていたか、薄めて飲まされ、栄養失調になったかのどちらかだという。会社側はそんな事情を承知で売り込んでいたのだ。告発"

"今日の社会の病巣を切開してみ"
"をお勧めする。"

えっけ・ほも

2016/12/9 朝日新聞(夕刊)『ミス・シェパードをお手本に』

"哀切さ漂う""独特のコク""それでいて仕掛けは華やかで芸が細かい""懐が深い""そうそうたる顔ぶれ""脚本が良く出来ている""話の運びが心憎い""趣向も絶妙""掛け合いを楽しませる""時の移ろいにもそつがない""語り口もさえている""皮肉るあたりの呼吸もいい""スミスの演技が値千金である""人生について考えさせもする""なるほど、上々吉の英国流喜劇に仕上がっている""正統派の喜劇でありながらも妙に哀切な"

(きょう 何者かへの感謝をもって/外の世界へ出ていくのだが、)

わー http://www.cinemavera.com/schedule.php?id=179 シネマヴェーラ渋谷、次の特集は芹明香様!(しかも30日には御本人が!!! 行ける人、羨ましいな....






(わたしは傷つくことなく/現実の中を歩いていた。/わたしには 詩を書く必要は/ほとんどなかった。)
(ルッソーは電話などで/悩まされることがなかった)

(メキシコは近くなったが/トウモロコシの神までの距離は/ますます遠い。)
(なぜ この空はきみの/思考などはねかえして快かったのか/そのことをもう一度考える/という手続きさえも)

(都市は小さく縮んだり/大きく成長しようとしたりする)
(女の脚も火掻棒になったり/製図版の木の板になったりす....

(ラウドスピーカーの叫びを信じては/いけない/あれらはすでに死んだことばだ。)

(きみは思考の過ちを/懸命になって求めよ/さもなければ)


(きみの内部に ふたたび/オレンジとオリーブの群落のある/岩原が ひろがり出す)


(「すでに描きはじめています。それは気狂いの隔離場で、/二人が裸で喧嘩をしており、/看守がその二人を鞭でたたき、/他の連中はサックをかぶっている」と/ドン・ペルナルド・デ・イリアルテ宛てに書いた/ゴヤに関心がある。)

(くさい よくにおうアラブ人たちと/小型バスに乗って)

(だがプレヴェールは 詩はトイレットペーパーに書きますと/彼女の申し出をことわった/いじわるでいけない人ね)
(曝されているのは/一体何か)

(バスから見える人々を/愛そうとして はねかえされる。/君はバスから見える/人々を なぜか/愛したい気持ちになり、/その人々を見るのだが、)



鉄柵の前まで行って、そこへ佇んだ。暗い隧道の向こう側にいつもと同じ陽に透き通った若い緑と茶色い土の道が見えた。鉄柵のノブに手をかけて回すと、音もなく開いた。体のやっと入る程に開き、中を覗き見るようにしながら一歩二歩湿った土を踏んで奥に入った。出口の向こうの明るさにすい寄せられるように歩いた。真ん中辺まで来た時、首の後ろに気配と鈍い衝撃を感じた。それきりだ。




(上(かみ)の山) 赤湯温泉の芸者M子さんは/「白き山」の斎藤茂吉を、/サイトウ・モキツという。/モキツのお座敷に出たこともある彼女は、/われわれをさんざん笑わせ、/実相観入の面持で黒田節をおどり、/ついで当節のバーの女たちへの/痛烈な批評にうつった。)

飯島耕一・詩と散文〈3〉ゴヤのファースト・ネームは バルザックを読む

飯島耕一・詩と散文〈3〉ゴヤのファースト・ネームは バルザックを読む

宮廷画家ゴヤは見た(2006)Goya's Ghost

DVDで。
ハビエル・バルデムが異端審問官でステラン・スカルスガルドが画家フランシスコ。ナタリー・ポートマン(のちの『ソー』繋がり)がユダヤ教徒の疑いをかけられて呼び出され尋問が始まるのかと思いきや、いきなり逆さ吊りで拷問に。
『真実を!』と人相の悪い狂信者どもに責められて、海老ぞりつつ『何が真実なのか教えて!!』と絶叫するというのもいささかありきたりだが、だからこそ本当に陰鬱な感じで、こうゆう目に合わない確率の高そうな地域、時代にいまのところは生きていることの幸運を思った。
脚本(ミロシュ・フォアマン監督とジャン・クロード・カリエールの共同執筆。フォアマンの今世紀に入ってからのただ一本で今のところ最新作)は一つの筋に入り込みそうになると次のシークエンスへと、必ずしも優雅とかリズミカルとは言えないようなテンポで移っていく感じがあって興味深い(その分集中できない)。
粋な感じでアトリエに颯爽と現れ馬に見立てた木で出来たフレームの上でポーズを決めるマリア王妃(ブランカ・ポルティロ)と息も良くあっていたかに見えた画家だが、のちに完成まで秘密にしていた肖像画を国王夫妻の前に除幕してお披露目、と、そこにはあからさまにいやな感じにデフォルメされた顔が。憤然と席を立つ王妃、画家は別室に呼び出されて王のたどたどしいチェロの自作演奏を一くさり聴かされて感想を求められ、あーモーツァルトですかな、などとお世辞をしどろもどろに述べたと思ったら、扉がばぁーんと開かれて『大変です! ナポレオンの軍が!』(1792年)とゆうところの流れとか。
『原子とか言い出す奴は異端!』とか。
『どんなに信仰の深いものでも強く責め立てられたら、自分がトルコの王だと認めるかも』『いやそんな馬鹿な』などというまぬけな会話があったり。
↓(ネタバレかも?)
バビエル異端審問官が、自分ってほんとはオラウータンとチンパンジーの間にできたbastardなんですとの書類に署名を強制させられて、行方をくらませたのち15年、バリバリの啓蒙主義者になって共和国軍とともに亡命先のフランスから舞い戻ってくるというのも面白く、ヴォルテールとか読んで強烈な回心を体験したんだよ〜と目を潤ませて画家に語るバビエルになぜか白々しいものを感じていたら、最後にはそのまま主義に殉じて、反攻反動に転じて盛り上がる民衆の皆さんの前に三角帽を被せられ、ロバに乗せられ引きずり出され、英軍の後ろ盾を得て即位した新国王一家の長のバルコニーの上からの合図ひとつで、困惑しているかつての教会の上司同僚たちの手によってあっさり首をひねられ哀れいっかんの終わりでございというのがもう一体どうゆうことなのか....
原題のGhostとは、画家の観た(であろう)この混乱の時代trouble timesの様々な劇を象徴する実在またはフィクションの登場人物たちのことであるよりも、残された版画集の中の人や怪物、妖怪たちの描写のデティールから、この映画の作り手(たち)が逆観した、この体制が変われば顧客を変えるwhoreめ!と罵倒されつつも時代の記録者として眼鏡姿で黙々と現場の片隅でスケッチを続ける男の姿のことであるかも知れない。
期待していた晩年の話はなかった(そおゆう映画もあるのかな?)
王妃の乗馬服の赤と黒がきれい。音楽がいまいち....

『世界で一番美しい別れ』(2011)세상에서 가장 아름다운 이별

なんか疲れた。
介護なーっと、映画に集中出来ないくらいひつこくボケ名演技が頻出。
親を軽んじると味噌が腐るとか何とか。
主人公がずっとすっぴんに近いメイクだったのには、何かわけが?
ピンクか青か?
間男的な何か
結局、日本で芸術がうまくいっていないのは壁が無いからだ、という、実も蓋もない結論に達する事が多くあり、その点では中国や韓国には、まだ余地が、って本当かなと思っていたけれど、たしかにこの映画、ほぼオールロケーションらしいけれど、きちんと壁に絵がかけられていくシーンを捉えている。
他にもいろいろあったけれど、なにしろ眠くて。
最後は声、そして降りはじめる
泣いたけれど考えていたのは映画とはまるで関係のない事だ。

MOUNT ZINE@八雲/都立大学

本当に好きなものを誰の評価も気にせずに描いたならならば、それをマウントを取りたがる(プロレスだけにしとけよそういうのは)下衆いアカの他人に、土人だのイノセントだのと言われたって自分自身が嫌いになれるはずがない。

下書きだけど集中できる環境にないので取り敢えずあげておこう。